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前橋地方裁判所 昭和26年(行)6号 判決

原告 降旗綱雄

被告 群馬県知事

当事者参加人 森田光邦

一、主  文

原告の請求はこれを棄却する。

参加人の関係において、被告が別紙目録記載の土地につき買収の時期を昭和二十四年七月二日と定めてなした未墾地買収処分は無効であることを確認する。

別紙目録記載の土地は参加人の所有に属することを確認する。

訴訟費用中原告と被告との間に生じた部分は原告の負担とし、参加人と被告との間に生じた部分は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「被告が別紙目録記載の土地につき買収の時期を昭和二十四年七月二日と定めてなした未墾地買収処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、「被告は別紙目録記載の土地につき自作農創設特別措置法の規定により買収の時期を昭和二十四年七月二日と定めて未墾地買収処分をした。原告は右土地を昭和二十一年二月二十五日当時同地上に居住しこれを耕作していた訴外八田栄蔵よりその土地の上に存する家屋と共に買受け、同年三月十二日その登記をし、同年四月十日より昭和二十六年二月十一日まで同所に居住し本件土地を耕作していた。原告は同年一月二十八日参加人森田光邦に右の土地並びに家屋を譲渡し、同年二月十一日肩書住所に移転し、参加人は原告と入れ替つて本件土地に移り住み同月十七日参加人名義に所有権移転登記を経て参加人が引き続き耕作に従事してきた。ところが本件土地が未墾地として買収されていることを同年九月二十五日に知つた。原告は、前掲の期間本件地上に居住していたのであるが買収計画は縦覧に供せられず従つて縦覧の通知を受けたことなく又買収令書の交付も受けていないので、異議申立、訴願等の手続もとれなかつた。買収計画書が縦覧に供せられた事実がなく、買収令書の交付のない本件買収処分は違法無効である。本件土地は、前記八田栄蔵が大正十四年十二月十八日政府より払下を受け、大正十五年頃元原告が居住し現に参加人が居住している本件地上の家屋を建てて本件土地を開墾し一部に果樹を栽培し他を農耕していたのを、前述のとおり原告参加人と順次この土地家屋を買い受け居住し、農耕に従事してきた。本件地上には右家屋を含め家屋が四棟存しその他は農地であり、参加人の外昭和二十三年九月二十七日原告から本件土地の一部を賃借した訴外品川吉次郎も亦右日時以降本件地上に居住し本件土地の一部を耕作しているものでこの様な事実を無視して、本件土地を未墾地として買収したのは違法無効たるを免れない。よつてその確認を求めるため本訴に及んだ。」と述べ、「被告の答弁事実中、本件土地を含む大河原地区の未墾地買収につき前橋市外数箇村から買収反対の陳情のあつたことは認めるが、上毛新聞掲載の事実、及び本件土地に関する買収計画樹立よりその買収の対価を供託するまでの経過は知らない。」と答えた。

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「被告が別紙目録に記載の土地を未墾地として買収処分したこと、昭和二十一年三月十二日原告が訴外八田栄蔵より本件土地並びに地上の家屋の取得登記を経たこと、原告が本件買収に関して異議申立訴願をしなかつたこと、本件地上に家屋があり一部に果樹が植栽され開墾地も一部あつたこと、原告並びに訴外品川吉次郎が本件地上に居住していたことは認めるが、原告が昭和二十一年二月二十五日当時本件土地上に居住し、その土地を耕作していた八田より本件土地並びに地上の家屋を買い受けたこと、八田は大正十四年十二月十八日政府より本件土地の払下を受け大正十五年頃から本件土地上に居住しこれを耕作していたこと、原告及び品川が本件土地を耕作していたこと、参加人森田光邦が本件土地に居住しこれを耕作していたことは知らない。本件土地及び同地上の家屋を原告が昭和二十六年一月二十八日参加人に譲渡し参加人が同年二月十一日原告と入れ替りに本件土地に移住し同月十七日参加人名義に所有権移転の登記をした事実は、否認する。本件土地は、群馬県農地委員会が昭和二十三年十月十五日買収計画を樹立し、同年十一月五日群馬県報に公告し、同日より同年十一月二十五日まで富士見村役場で当該未墾地買収計画書を縦覧に供し、昭和二十四年七月二日自作農創設特別措置法の規定により被告群馬県知事の買収計画の認可があつたもので、被告は同年八月五日買収令書を登記簿記載の原告の住所である前橋市才川町百七十八地地宛に、前橋市役所を経由し原告に対し発送したところ交付できなかつたので昭和二十四年十一月十八日に買収令書の交付に代る公告をなし、その対価を昭和二十五年三月二十二日前橋地方法務局に供託した。本件土地を含む大河原地区の未墾地買収については、前橋、富士見、芳賀、桂萱、南橘、木瀬の一市五ケ村から買収反対の陳情があり、上毛新聞にも掲載されている点より考え昭和二十四年七月二日を買収の時期として未墾地として本件土地が買収されていることを原告が昭和二十六年九月二十五日まで知らなかつたとは考えられない。又本件土地上一部果樹植栽の部分には芝、篠等が生えて果樹園としての認定はできなかつたし、他の一部開墾した土地も熟畑化した農地とは認定できなかつたので、自作農創設特別措置法第三十条第一項第一号(農地及び牧野以外の土地で農地の開発に供しようとするもの)に該当するものとして未墾地買収を行つたのであるが、仮に、本件土地中一部が農地であるとしても、同法同条項第三号(第一号又は前号の土地附近の農地又は牧野で当該農地と併せて開発するのを相当とするもの)の規定によつて農地を併せて買収することが可能であつて、この場合右買収処分は同一性があるものと考えられるから、唯買収対価を訂正すれば足りるのであつて、適用条項を誤つた瑕疵ある行政処分とはならない。」と述べ、

参加人の請求に対し、「参加人の請求を棄却する」との判決を求め、原告の主張に対する答弁と同趣旨の答弁をした。

参加人は、主文第二、三項記載と同旨の判決を求め、その原因として「被告は、別紙目録に記載の土地につき買収の時期を昭和二十四年七月二日と定めて未墾地買収処分をした。右の土地は訴外八田栄蔵より原告が昭和二十一年二月二十五日同地上の家屋と共に買い受け居住し、これを耕作していたが、昭和二十六年一月二十八日参加人が右土地及び家屋を原告から買い受け、同年二月十一日引渡を受けてこれに居住し、原告は肩書住所に移転し、同月十七日右土地家屋の所有権移転登記を経た。原告は右のとおり本件土地上に居住していたが、被告は、買収計画を縦覧に供せず、又原告に買収令書の交付をなさずに本件土地を買収した。かくて右買収処分は手続に重大な瑕疵があるから違法無効である。又本件土地は、八田栄蔵が大正十四年十二月十八日政府から払い下げを受け、現に参加人が居住している家屋を建て本件土地を開墾し一部に果樹を栽培し他を農耕していたのを、昭和二十一年原告が右土地家屋を買い受け居住し農耕していたが、昭和二十六年一月二十八日参加人が買い受けて引続き耕作している。なお、訴外品川吉次郎、同佐東金次郎は、何れも昭和二十年より訴外石崎寅三は、昭和二十一年より本件土地に居住し夫々右土地を農耕して現在にいたつており、本件土地は農地であつて未墾地としての買収は違法無効である。仍て被告のなした右買収処分の無効なること及び右土地が参加人の所有に属することの確認を求めるため本訴参加に及んだ。」と述べた。(証拠省略)

三、理  由

成立に争いない乙第一号証の一、二証人八田栄蔵の証言及び原告本人尋問の結果によれば、本件土地は元国の所有であつたのを訴外八田栄蔵が大正十四年十二月十八日払い下げを受け、昭和十七年六月五日その登記をし、原告は昭和二十一年二月二十五日八田栄蔵より右土地をその土地の上に存する家屋と共に買受けたことを認めるに足り、同年三月十二日右売買の登記をしたことは争がない。又被告が右土地につき買収の時期を昭和二十四年七月二日と定めて未墾地買収処分をしたことは争なく、成立に争いない乙第一号証の一、二第三、五号証、甲第五号証の一、二及び証人深町尚、同斎藤国男の各証言によれば、本件土地は昭和二十三年十月十五日群馬県農地委員会において大河原地区の一部として未墾地買収計画を樹立し、同年十一月五日群馬県報に公告し、同日より二十日間富士見村役場において縦覧に供し、昭和二十四年七月二日被告知事の認可があり、被告は同年八月中買収令書を登記簿記載の原告の住所である前橋市才川町百七十八番地宛に、前橋市役所を経由して原告に発送したところ交付できなかつたので同年十一月十八日群馬県報で買収令書の交付に代える公告をしたことを認めることができる。

原告及び参加人は、「右買収計画が縦覧に供せられず且つ買収令書の交付がなかつたら、本件買収処分は違法無効である」と主張するけれども、その主張が理由なきことは上叙認定により自ら明かである。

よつて進んで、本件土地は農地であるのに未墾地として買収処分したのは違法無効であるとの原告及び参加人の主張について判断する。本件買収手続が自作農創設特別措置法第三十条第一項第一号(農地及び牧野以外の土地で農地の開発に供しようとするもの)の規定に基ずいてなされたことは被告の自ら主張するところである。而して本件土地の上に家屋があり、一部に果樹が植栽され、開墾地も一部あつたこと及び原告が昭和二十一年四月十日より昭和二十六年二月十一日まで、訴外品川吉次郎が昭和二十三年九月二十七日以降それぞれ本件土地の上に存在する家屋に居住していたことは当事者間に争なく、右争なき事実と証人八田栄蔵、同石崎寅三、同須田五十松、同品川吉次郎、同佐東金次郎、同斎藤国男、同大友常見、同角田与吉の各証言、検証の結果並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は本件土地及び前掲家屋を買受けて営農の目的で右家屋(千二百五番地所在)に居住し、本件土地について農耕、果樹栽培にあたつたこと、訴外佐東金次郎、同品川吉次郎同石崎寅三は昭和二十一年頃相前後して本件土地中各一町歩位を夫々原告から借り受けて開墾に着手し、遅くとも昭和二十三年迄に各々現地に(品川、佐東は千二百四番地に、石崎は千二百五番地に)住居を建てて家族と共に居住し本件土地の開墾に当つたこと、本件買収計画が樹立せられた昭和二十三年十月当時においては、原告は本件土地の二筆にわたつて耕地一町五反位果樹(栗、林檎、梨、桃、柿、葡萄等)植栽の部分四町余を、石崎は千二百五番の土地に耕地三反位を、品川は千二百四番の土地に耕地三、四反を、佐東は千二百四番の土地に耕地五反位を夫々有し、何れも農業経営に従事して生計を営んでいたことが認められる。尤も検証の結果によれば、本件土地の内上叙耕地及び果樹植栽部分以外において、千二百四番地の北方の境界に沿う部分と南方の一小部分及び千二百五番地中本件二筆の土地の境界に沿う北西の傾斜部分に原野、雑木林若くは小松林と称し得べき個処が存するけれども、さきに認定の耕地、果樹植栽部分の面積及び農耕従事者の居住状況から考えて本件二筆の土地は全体として農地と見るべきである。証人深町尚同柳井浩平同木暮忠太郎の各証言によつては未だ以て右判定を左右するに足りない。然らば、これらの土地を自作農創設特別措置法法第三十条第一項第一号の規定に基ずいて群馬県農地委員会が買収計画を樹立し被告がこれにもとずいて買収処分をしたことは重大にして明白な瑕疵があつたものと云うべくその買収処分は違法であつて当然無効である。被告は、仮に本件土地中一部が農地であるとしても、同法同条項第三号(第一号又は前号の土地附近の農地又は牧野で当該農地と併せて開発するのを相当とするもの)の規定によつて農地を併せて買収することが可能であつて、この場合右買収処分は同一性があるものと考えられるから、唯買収対価を訂正すれば足りるのであつて、適用条項を誤つた瑕疵ある行政処分とはならないと主張するけれども、右第一号の規定と第三号の規定は要件が異るのであつて、県農地委員会は後者該当の農地と認定して買収計画を樹立した事跡はないのみならず、右第三号の規定による買取によつて、法律上は原告、佐東、品川、石崎の本件土地に対する耕作権は消滅するのである(同法第三十四条により同法第十二条第一項のみ準用)から、代替地買収(同法第三十七条)損失補償(同法第三十九条)による救済の途はあつても、第三十条第一項第三号による買収を行うに当つては、慎重な調査と計画を以つてなすべきであつて、これが適用の不当な場合には同法の立法の主意を逸脱し耕作権者の地位を不当に脅やかす惧れがあることを考えれば、同条項第一号による買収処分とたやすく同一性を認めることはできない。

右買収処分が無効なる以上本件土地の所有権は国に移転しないから、当時なお原告の所有に存続したものというべく、成立に争なき甲第二号証第三号証の一、三証人森田光邦の証言及び原告本人尋問の結果によれば、昭和二十六年一月二十八日本件土地を原告から参加人に譲渡し同年二月十七日その登記をしたことが明らかであるから、現在は参加人の所有に属する。尤も成立に争なき乙第一、二号証の各一、二によれば、右登記は不動産登記法第百四十九条の二第百四十九条の三第百四十九条の五の規定により、職権を以て昭和二十六年五月二十二日抹消せられたことが明らかであるけれども、被告は登記の欠缺を主張するにつき正当なる利益を有する者ではないから、参加人は登記がなくとも本件土地の所有権を以て被告に対抗し得る。右の如く原告は最早本件土地の所有者ではなく、その外原告が本件買収処分の無効確認を求める利益あることを主張しないから、原告の請求は確認の利益なきものとして棄却すべく、参加人が本件買収処分の無効確認と本件土地が参加人の所有に属することの確認を求めるのは理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奥田嘉治 黒沢信夫 高橋久雄)

(目録省略)

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